心の余裕について

心に余裕を持つのが苦手というか、すぐに何かを考えようとしてしまう。かといって難しいこと、大層なことを考えるわけではないのだ。明日の朝ごはんのこととか、予定のある日に着る服のこととか、今度ドラッグストアに行ったときに買っておきたいものとか、そういうどうでもいいようなこと。それですぐスマホを眺めてヒントを得ようとする。現代人ってよくない。もっと効果的にぼんやりしたいのに。

もう一つ、最近は健康(ダイエット)のことを気にしすぎて余裕がないことがある。気にするようになってよかったとは思っている。4キロ痩せたし、肌の状態も良くなったし、食事も睡眠も前より健康的にとれている。ただし、気にしすぎてしまうとちょっとしたことで不安になったり後悔したりすることがある。

この1週間ほど、お通じがよろしくない。毎朝のホットレモン水も、バランスのとれた食事も変わらず続けているのに。それが気がかりで余裕がなくなってくると、「なんで?」と焦ったりうまくいかないような気がしたりしてくる。体重が少し増えると「便秘のせいだ!」と思ったりする。甘いものを食べた後に、お通じの調子が悪いというのに…と自分を責めたくなったりする。(食べ物の話ばかりしていると思ったら今度はう◯この話かと呆れられそうなブログだ)

健康でいるためにがんばっているのに、意識しすぎるあまりに精神衛生が乱れては本末転倒だ。がんばって、でもがんばりすぎないこと。どんな自分も認めてあげること。何事もバランスが大事。

高いものと美味しいもののこと

夫の誕生日が近いので焼肉を食べに行った。近所にある、ちょっと高くて黒毛和牛にこだわっているお店。店員さんに両面10秒くらい焼いたら召し上がってください、と言われる。脂がのっていて柔らかくておいしい。おいしいのだけど、安いチェーンの焼肉とは違って、いつも量はあまり食べられない。ザ・庶民な私は、脂でお腹がいっぱいになってしまう。

たまにこういう贅沢をしたくはなるが、結局のところ、私はそこそこの焼肉屋さんの赤身肉が一番好きだ。たくさん食べたくなる味。焼肉に限らず、食べ物に関しては何でもそうだと思う。あまり高級なものよりは、ちょっと自分にご褒美、くらいのものが一番おいしい。アイスならハーゲンダッツ、お寿司なら中トロのような。

いいお肉を食べて帰ってきた後にコンビニの生チョコアイスを食べた。お肉一人前の5分の1くらいの値段のそれは、お肉に負けないくらいおいしかった。


ハマっているあれのこと

最近私がめっぽう弱いもの。コンビニやスーパーで売っている様々なアイスだ。昔から甘い物は大好きで、もちろんアイスも大好き。でも最近ほど頻繁にアイスを食べている時期は滅多にないかもしれない。夏も終わって肌寒くなってきたというのに、一向にアイス欲がおさまらない。下手したら夏本番より食べているかも…

アイスをたくさん食べてしまう要因に心当たりはある。まず、次から次へと新作が出てくること。毎度魅力的なものばかりで、企業努力に頭が下がる。そして、SNSという便利なもののおかげでその情報が簡単に手に入ってしまうこと。見なければいいのに、インスタグラムのスイーツレビューが大好きな私は、新作の投稿を見ては「おいしそう!これ食べたい!」と想像を膨らませる。結果、入れ替わりが早くいつ店頭からなくなるかわからないアイスたちを、保存もきくし…と冷凍庫へばんばん迎え入れてしまうのだ。

しかし最近のアイスは本当においしい。商品自体がどんどん良くなっているせいか、私のアイスへの愛が強くなったせいか、はたまた両方かは分からないが、食べているときに感じる幸せや有り難みが以前より増した気がする。

そのうち気が向いたら、食べた中でも特においしかったアイスについて語ってみようと思う。自分でももう勘付いているけど、このブログはほとんど食べ物の話になっている。

久々づくしの小旅行のこと

先週は心も体もなんだか疲れたけど無事に4連休を迎えることができ、心穏やかに過ごしている。


昨日から一泊県内の新しいホテルに泊まって少し旅行気分を味わった。昨晩は居酒屋に行ってお酒を飲んだ。コロナ騒ぎが始まってからオンライン以外の飲み会はなくなってしまったから、久々に居酒屋らしい居酒屋でおつまみらしいおつまみを食べ、お酒(特に日本酒)を飲みたかったのだ。ここ半年くらいは、月に2,3回家で缶チューハイを1〜2本程度しか飲んでいなかったからか、ハイボール2杯と日本酒1杯ですっかり酔いが回ってしまった。いつもの飲み会ではあまり酔わないように5杯くらいに留める感じだったのに…でもおいしくて楽しくて満足した。普段滅多に飲まない夫も2杯飲んで、珍しく多弁になって二人でぺちゃくちゃ話せたのも楽しかった。またジンジャーハイボールが飲みたい。

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今日はこれまた久しぶりにボウリングをした。しかし私にハプニングが。何球目かを投げたところ親指に激痛。爪の間に血が滲んでいる。どうやら投げた衝撃で爪が割れ、割れた爪に引っ張られた皮膚が裂けたらしい。

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爪を切らずに伸ばしていたこと、少し重めのボールを選んだことを後悔した。けっこう痛い。特に爪を上から押すと激痛。圧迫止血もそこそこに絆創膏を巻いた。

普通にボールを投げることができなくなったが、やめるのももったいないし夫が一人で投げ続けるのもたまらないので、両手投げにチャレンジすることにした。側から見て不恰好だったろうし、最初はガーターを連発したが、負傷した後の2ゲーム目でだんだんコツを掴んできた。スペアやストライクも出した。むしろ、元々がかなり下手くそ(恥ずかしながら1ゲームのスコアは平均50くらい)な私にしては上出来の、スコア80を叩き出した。普段から両手投げにしようかしら…


落ち込んだ今日のこと

一昨日つらいことがあって、昨日今日とまあまあ落ち込んで過ごしている。大抵のことはすぐに忘れる楽天的な性格で、しかも食べるのが大好きなこの私が、昨晩は夕飯を食べるのも嫌になって何も食べずに寝てしまった。それくらい落ち込んでいた。

今日は朝起きたら当然お腹が空いていて、スープとパンとヨーグルトと巨峰を少しずつ食べた。そのあとアイスも食べた。

つらいことはまだ続いていて、朝ごはんを食べたあとにまたたくさん泣いた。鼻が詰まって苦しくなるくらい泣いた。つらいことは解決しないし、むしろこれから徐々に受け入れていくしかないことだからまた気持ちが落ち込む。

お昼もいらない気がしたけど夫が作ってくれたソース焼きそばを食べた。市販の麺とキャベツとにんじんとピーマンを一緒に炒めたやつ。いわゆる普通の焼きそばだけどとても美味しかった。落ち込んでいるときでも食べ物がおいしいと元気になれる気がする。生きるために食べているな、という感じがする。

今日の夕飯と作り置きのおかずを作るために2時間くらいキッチンに立った。(狭い我が家にはコンロが一口しかないのでいろいろ作ろうとすると時間がかかる)ラジオを聞きながらごはんを作るのが好きだ。そうしていたらだんだん気持ちが前向きになってくる。おいしくできると嬉しいし、作り置きのおかずを食べる明日のことも楽しみになる。

食べるのが好きなのはいいことだと思う。身近なことですぐに自分を元気づけられるから。単純でよかった。明日の朝はしいたけの軸のきんぴら。あと巨峰をまた少し。


面倒くさいけど気になってしまうこと


スピッツのマサムネさんがラジオで、「"めんどくさいおじさん"だから、日本語が元々の意味と違う使われ方をしていると気になってしまう」という話をしていた。そのとき例に挙げていたのは「嗚咽」「確信犯」など。私も「嗚咽」という言葉についてはときどき引っかかることがあったので、激しく共感した。

マサムネさんが"めんどくさいおじさん"なら、私は"めんどくさいおばさん"だと思う。私も日本語の使われ方についてはいちいち気になってしまうほうだ。「的を得る」と言う人を見るたびに、心の中で「的は"射る"ものだろ!」とツッコミを入れてしまう。最近はテレビでもよく「自分自身」「必要不可欠」などの重複した言葉が使われていて、それも聞くたびに気になる。「食べれる」「痩せれない」などの"ら抜き言葉"は、当たり前に使われ過ぎてもはやあまり気にならなくなってきた。さらには「書けれる」のように謎に"れ足しちゃった言葉"も見かけるから不思議だ。

それから、使い方が間違っているわけではないが気になるのは「〜過ぎる」という表現。誰かがブログで、最近この表現が不必要に多様されていると指摘しているのを見てから、確かに何でもかんでも「〜過ぎる」をつけているなと思うようになった。メディアで多用される「〜過ぎる〇〇」というキャッチコピーを見ると、ちょっと安っぽいというか頭が悪そうというか、なんだかいい感じがしない。

…と、ここまで散々文句をつけたけど、自分にも間違って覚えている言葉や知らない言葉はあると思うし、新しい使われ方として定着していく言葉もあると思う。あんまりピリピリせずに、従来の日本語を大事にしつつ変化も受け入れていきたいと思うのだ。そうでないとどんどん頭が固くなって歳をとっていきそうだから…

占いのこと

占いがまあまあ好きだ。というか、生活に馴染んでいるほうだ。

毎朝、ニュース番組の占いを見ている。特段何か起きない限りはほとんど占いの順位なんて忘れているのだけど、優柔不断なこともあってか、考え事や迷いがあるときに少し当てにしたいところがあるみたい。

今朝の星座占いランキングでは最下位だった。着ていこうと思っていた服を着ようとしたら、ボタンが取れていた。適当に違う服を着たら、当初合わせようと思っていたサンダルが合わなくなったのでスポーツサンダルを履いた。一度家を出てから忘れ物に気付いて引き返した。再び家を出たらサンダルは服に合わせて変えたが、そのまま持ってきたバッグが合っていないことに気付いた。序盤でここまでとは、さすが最下位。

こういうときは、朝の時点である程度ついていないことが済んだので、後はもう大丈夫と思うことにしている。たぶん、帰宅する頃には最下位だったことも忘れているはず。